コラム:週刊モンモントーク
[78] パリ不戦条約ーその理想の特異点
1.
1928年8月27日パリ、最高気温24°C、凱旋門は真っ青な青空を背景にくっきりと浮かび上がり、エッフェル塔はその塔の先に浮かぶ雲を突き刺さんとばかりに反り返っている。パリ・ストラスブール駅始発イスタンブール行きのオリエント急行の汽笛が鳴り響き、いつまでもとも感じられる戦争なき日々が10年目へと突入する。
「第一条:締約国ハ国際紛争解決ノ為戦争ニ訴フルコトヲ非トシ且其ノ相互関係ニ於テ国家ノ政策ノ手段トシテノ戦争ヲ
確かに自衛戦争を禁じてなかったし、戦争放棄を宣言しつつも武力行使を禁じてなかった、けど、そんなの、真心の問題でしょ、だからって、言い訳にならないでしょ、真の人としての心、真心があるなら...。
2.
花の都、芸術の都、麗しのパリ、ってのあったよね、それはやはりパリの夢だったの?、パリの媚薬、その場を共有する者たちだけが共有できる一種の神秘体験、抗いがたい雰囲気からの脳内麻薬の分泌、何か素敵なことが起こりそうでその集団だけを催眠する、その特別な場だけの普遍的真理の発見、ああ、華の都パリ...。
そう、
でも、「ワシントン海軍軍縮条約」「ドーズ案」「九カ国条約」「ロカルノ条約」からドイツ国際連盟加入を経ての「不戦条約」、経済的にも安定した欧州の"黄金の20年代"は、そして大量生産大量消費の大衆社会を創出した米国の"狂騒の20年代"は理性の、そして理性が解き放った自由の勝利のようにも見えた、
3.
でも、その不安は何とも奇妙な不安で誰もが理想を求めながら破壊衝動を感じ理性の欠陥に気づきながら理性に頼るしかなく、過剰な理想と過剰な感情の入り乱れたそれはまるで精神に錯乱をきたしたかのようで、時代の精神ダダイズムは意味のないことに意味を見出すのに耐えられず、現実と非現実の狭間に漂流する。
それでも理性は頑張ったよ、ヘーゲルによって神の高みに近づくことを許された理性は神が取っ払われた瞬間、神に成り代わりその理想郷、共産主義を理性的に理論化し、レーニンが25年秋、その理性の欠陥を知ってか知らずか、過剰な理想主義を批判した時、自由主義に対する共産主義()の短期的な勝利は約束された。
自由を追求し現実と非現実の狭間にありのままの現実を創造しシュルレアリスムの方法は完成したが、やはりその評価は理性が行うしかなく、その創造を新しい人類の価値観にするには狂うしかなかった...。
4.
マドレーヌの味わい紅茶の煌めき、風が吹いてくる風が吹いていく、既知の温もり未知の安らぎ、怖れることはなにもない、はず、不安は克服された、はず、次の悪夢はただの悪夢で終わる、はず、先の大戦で生み出された理性への不信は払拭された、はずなのに、何を怖がってるの?、何を恐れてるの?。
26年10月4日奔放な妖精ナジャと出会う、あるがままになすがままに現実と夢の狭間、それは理性と感情の狭間、その連続10日の日々は現実であり非現実であり、何事にも代え難き理想の特異点だった...。
そしてそれは、1914年から1945年まで続く20世紀"30年戦争"の束の間の現実と夢の狭間、それは理性と感情の狭間、束の間の休息であり戯れだった。結局人は、何も学びはしないの?、いや、個人は学んではいるのだろう、でもそれが人類の叡智になるには何かが足りない、それは神ではなかった、理性でもなかった...。
5.
1929年、その流れの中で「西部戦線異状なし」が発表されるが、世界恐慌という現実の前にその反戦の精神は蹂躙される。映画化されアメリカだけがうわ言のように理想を追っていたが、20年に定められた禁酒法も33年には廃止され、理性的現実へと引き戻されていく、理性(神)は世界を統べることを諦めてはいなかった。
ナジャは27年3月21日、変調をきたし幻覚から恐怖の叫び声を上げ精神病院に収容される。そして、そのナジャのモデル、レオーナ・デルクールはその後41年1月1日38歳で亡くなったという。
1928年8月27日パリ、午後の倦怠感が心地よい疲労を呼び一瞬の刹那のユートピアの出現を祝福していた。ああ、パリ不戦条約もまた、シュルレアリスムの時代の一つの作品だったのだ。
6.エピローグとしてのモノローグ
"The Red Decade"、「赤の時代」と一応訳されてるが日本ではほぼ知られてないフレーズ。第一次大戦の戦禍と世界恐慌を目の当たりにした欧米の知性は、そう理性は共産主義に光明を見た、その1930年代のこと。「神の死」は薄々と受け止めながらも、「理性(神)の死」を受け入れることが出来ず、過剰な理想主義に光明を見ていた。
遅くとも39年の独ソ不可侵条約で、そんな欧米の知識人も共産主義の理想、過剰な理想を追求する理性(神)の狂気に気づいた、が、それは余りにも遅すぎた目覚め、歴史の歯車は回り後戻りできないところまで進んでいた...。
-"La beauté sera CONVULSIVE ou ne sera pas"-
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