作文・小論文−入学・編入試験対策、さらに超えてその先へ

コラム:週刊モンモントーク

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[58] ダブルスタンダード?−そ、そうですが、それが何か?

1.ダブスタ-レベルⅠ
「話しかけられるまで口を開くんじゃない!」って言われて、それじゃ結局、「だれも何も言わなくなっちゃって、それで...」って口答えしたら、"Ridiculous!(笑止!)"だって、それこそ「ばかばかしい!」返答なのに、分かってないのかな、分かってて言ってるのかな。やっぱり、大人はズルいよね、分けわかんない。

「"やっぱり"ですか、"やはり"ですか、正しい日本語は?」ってその道の権威に聞いたら、「やっぱり、"やはり"が正しいよ、君」って、威厳たっぷりに答えたものだから、目が点になったとかならなかったとか。何なんだろうこの、上下関係?の下で起こる、「オレはいいけどオマエはダメ」みたいな理不尽な日常風景は...。

ダブスタといえばダブスタ、でも、教育を施し文化を伝える人間に備わった標準機能。そう、ダブスタ批判は的外れ、ブーメランとして返ってくるのは無意識的に覚悟の上、批判するのは多分そこじゃない...。

2.ダブスタ-レベルⅡ
水族館でサバやサンマが泳いでるのを見て、「美味しそう」って思って、そう口に出したら、「ひどーい、カワイそー」だって。そう言えば、釣り上げたイカを締める動画をアップしたら、可哀想だから止めて、って炎上したとか、どうなってんの?、皆、霞を食って虫も殺さず生きてきたわけじゃないよね、分けわかんない。

だから、「頂きます」「ご馳走さま」って感謝の念を持って"食"してるわけで、鯨と牛の話なんかもそう、鯨は野生で牛は飼育だから違うとか、へえーそうなんだって妙に感心したりして、でもって矛盾を突いていくと、ビーガンですって言われたりして、動物はダメだけど植物はイイのかって、またまた妙に感心する...。

ダブスタといえばダブスタ、でも、可哀想という利他主義は人間に備わった標準機能。そう、ダブスタ批判は的外れ、ブーメランとして返ってくるのは無意識的に覚悟の上、批判するのは多分そこじゃない...。

3.ダブスタ-レベルⅢ
報道への信頼が落ちてるって、アメリカではそんなことまで世論調査する。日本ではそんな調査はしないけど、信頼度はどうなんだ?、フェイクニュースは論外だが、報道しない自由という偏向報道があるという指摘はずっとある、まあ、どこの国でも同じかな、どうでもいいことを延々と垂れ流してたり、そこだって所が端折られてたり...。

でも、自由主義と共産主義では、少なくとも自由主義のほうが「言論の自由」は機能してるように見える。 社会を安定させる装置としての洗脳報道は、全体主義である共産国家に一日の長あり、でも、ソ連は崩壊し中国は共産主義とは名ばかりの独裁国家で、民主国家の言わぬが花の報道は、嘘も方便にも通ずる人類の知恵?。

ダブスタといえばダブスタ、でも、都合のよい物語を編み上げる人間に備わった標準機能。そう、ダブスタ批判は的外れ、ブーメランとして返ってくるのは無意識的に覚悟の上、批判するのは多分そこじゃない...。

4.ダブスタ-レベルⅣ
正義の話をしよう「アルマゲドン」のブルース・ウィリス扮する主人公ハリー、ひとり小惑星の内部へ、自己犠牲の上で地球(人類)を救う。自分の意志が伴ってる点で正義であり、彼は英雄、文句ない?、「強いられた意志」かどうかの確認は必要?、「意志」の定義が難しい?、この正義の正当性は誰が何が保証してる?。

では、ある状況で、普通のある人一人の犠牲が人類全体を救うとして、説得する?、それとも、知らせずに犠牲を強いた上で手厚く追悼する?、救われるのが100万人だったら?、100人だったら?、あるいは、100万人を救うために10万人の犠牲を強いるなら?。君なら、まだ起こっていない悲劇を防ぐために今ここで逝ける?、正当性の崩壊...。

ダブスタといえばダブスタ、でも、いつも正義を正当性を求める人間に備わった標準機能。そう、ダブスタ批判は的外れ、ブーメランとして返ってくるのは無意識的に覚悟の上、批判するのは多分そこじゃない...。

5.ダブスタ-レベルⅤ
自由と平等なんて、ダブスタそのもの、ある時は自由が素晴らしいと感じ、"普通"そこに価値を置くよねって考え、ある時は平等が大切だと感じ、"普通"そこに価値を置くよねって考える、人だけが獲得した理性の力、結局、どっちにより価値がある?、そんなこと普遍的に言えない、理性は感情、時と場合によって変わるのデス。

でも、権力のダブスタは危険、舌鋒鋭く批判する反権力のダブスタもそう、完全な自由と完全な平等の間のどこかに、自分の立ち位置があるはずなのに、時と場合で位置をずらし攻撃する、その議論に勝つだけの戦術としては正解、でも、戦略で味噌がつき、世界観までブレるなら、人々の"普通"を弄ぶ、批判と反対のみが目的の確信犯...。

ダブスタといえばダブスタ、でも、"普通"こうするっていう自然主義的誤謬は人間に備わった標準機能。そう、ダブスタ批判は的外れ、ブーメランとして返ってくるのは無意識的に覚悟の上、批判するのは多分そこじゃない...。

6.エピローグとしてのモノローグ
理屈と膏薬はどこへでも付くって言うけど、自分達が多数を取った時、「少数意見の尊重」ができる?、そして何よりも、不幸にして少数派になった時、「多数意見の尊重」ができる?、「ズルいよー」ってその通り、「なぜ私が...、あんた達だけ...」ってその通り、そこから道徳が宗教が法が生まれ、これからも、生まれる、批判するのは多分...。





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